「病は気から」と申します。奥村先生のご説明では胃部の症状があっても内視鏡でみて何の変化も見つからないという症例が意外と多いということでした。内視鏡で肉眼的に何も見えなくても、患者さんの心を見なければいけないとの話もお伺い致しました。
がんの原因は周知のようにタバコ、アルコールなどがいわれていますが、その他にストレスが大いに関係しているのではないかと強く主張される人もおられます。先生のお立場からストレスがどんな病気に影響するのか。とくにがんに対しても影響があるのかどうか、既にわかってる範囲内のことで結構ですのでご紹介いただければ幸いに存じます。
ストレスは様々な病気に関係すると言われています。胃潰瘍や過敏性腸症候群など、ストレスでお腹の調子が悪いくなることは、ご自身でも経験された方がいると思います。このメカニズムには脳が胃腸の働きをコントロールしていることが関係しております。脳の変化が自律神経やホルモンの変化を介して胃腸の働きを乱すから、ストレスで胃腸の調子が悪くなると考えるとわかりやすいと思います。日本には古来から「胃は心の鏡」、「はらわたが煮え繰り返る」などストレスや怒りなどが胃腸に大きな影響を及ぼすことが経験的にわかっていました。
ストレスと癌に関してはどうでしょうか。慢性ストレスが癌の進展を加速させることが報告されており、ストレスに関連する自律神経の変化が癌に影響し得ることが言われていました。また炎症の持続が癌のできやすさに関係する場合がありますが、脳が体の免疫反応や炎症の制御に関係していることもわかってきています。最近の癌治療のトッピクスに免疫系をターゲットにした免疫チェックポイント阻害剤があり、いくつかの癌で治療に使われてきています。2018年のノーベル医学生理学賞が授与されたのは、京都大学の本庶佑先生らで、この免疫チェックポイント阻害剤に関係した業績であったことは記憶に新しいところです。このように免疫系を調節して癌治療に応用することが可能です。自律神経の一部である迷走神経を刺激すると、脾臓を介して免疫反応を調節し体の炎症を抑制する仕組みがあることが、この20年くらいで明らかになってきました。従って、ストレスによる脳の変化が自律神経を伝わって免疫反応を調節して間接的に癌の進行に関わっている可能性や、気の持ちようで免疫を活性化し間接的に癌の病態を制御する可能性があります。最近の報告では、自律神経が癌の組織内に入り込み、癌の増大や転移に強い影響を及ぼすこと、自律神経を操作して癌を抑制するような新しい治療の可能性が提案されています(1)。現在、ストレスと癌、自律神経と癌の研究成果が実際の臨床現場に生かされるまでには至っていません。今後、ストレスと癌の関係や、ストレスを伝達する自律神経の働きを調節して新たな癌の治療法が確立することを期待します。
1. Kamiya et al., Genetic manipulation of autonomic nerve fiber innervation and activity and its effect on breast cancer progression. Nat Neurosci. 22:1289-1305, 2019.
旭川医科大学内科学講座教授
奧村利勝
出典 The Way Forward No.20, 2021年