がんが出来る仕組みは車のアクセルとブレーキに例えられます。たとえばアクセル役の「がん遺伝子」とブレーキ役の「がん抑制遺伝子」があって、その両方に変異が起きたときに初めて車が走り出し、がん化が進むと理解しております。 ところが最近は「ドライバー遺伝子」という概念が登場し、がん化にもっとも重要な働きを果たす遺伝子は「ドライバー遺伝子」といわれています。この「ドライバー遺伝子」は従来のアクセル役の「がん遺伝子」なのか、あるいはブレーキ役の「がん抑制遺伝子」なのか、どちらなのでしょうか? 「ドライバー遺伝子」なるものの本性を少しくお教えいただけますか?
がん医療が進み、一つのがんに非常に多数の遺伝子変異があることがわかってきましたが、従来の多段階発がんの考え方の通り、実際に発がんに関係する遺伝子変異はごく一部であります。こうした発がんに関係する遺伝子変異と、発がんに直接関わらない大多数の遺伝子変異を区別するために、前者をドライバー遺伝子変異(運転手変異),後者をパッセンジャー遺伝子変異(乗客変異)と呼ぶことが提唱されました。この意味でのドライバー遺伝子変異は、がん遺伝子(アクセル役)とがん抑制遺伝子(ブレーキ役)の両者の変異が含まれます。
最近、発がん能の極めて強いがん遺伝子の変異の場合には、この遺伝子を標的にした治療だけで、がん細胞が生存できなくなる(腫瘍が著明に縮小する)ことが分かり、「がん遺伝子依存」と呼ばれるようになりました。こうした強いがん遺伝子の変異は、ドライバー遺伝子変異の中でも特に重要であり、「がん化に必須なドライバー遺伝子変異(オンコジェニック ドライバー遺伝子変異)」と呼ばれます。このような例として、BCR-ABL、EGFR、EML4-ALK、ROS1、RET、BRAF、NTRK遺伝子の変異があり、がん遺伝子に限定されます。
ただし、肺癌の領域では、オンコジェニックドライバー遺伝子変異が多く、単にドライバー遺伝子変異と呼ぶ場合があります。この場合のドライバー遺伝子はがん遺伝子に限定されるため、混乱を招くことがあります。パッセンジャー遺伝子変異と区別するために使われる本来のドライバー遺伝子変異は、がん抑制遺伝子の変異を含みます。
北海道大学病院がん遺伝子診断部教授 木下一郎
出典 The Way Forward No.17, 2020年