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がんQ&A

がん予防

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塩分摂取とがん

    胃がんの原因としてのピロリ菌が問題になる以前には、塩分の摂りすぎが胃がんの原因でないかと考えられていた時代がありました。その後、ピロリ菌の発見により胃がんの原因としてのピロリ菌の役割が証明されたと思います。 お伺いしたいのは昔から言われた塩分摂取と、ピロリ菌の2つの要因が、胃がんの要因としてどのようなバランスで働いているのでしょうか? ピロリ菌が証明されなくても胃がんの発生をみることはあるようですが、ピロリ菌以外の、例えば塩分のような原因が胃がんの主な原因となることもあるのでしょうか? 

 ピロリ菌の持続感染は、胃がんの必要条件とも言える要因で、全てではありませんが、殆どの日本人の胃がんは、感染者から発生しています。1990年代前半に40~69歳だった日本人の血液を調べると、その後10数年以内に胃がんに罹患した人の99%からピロリ菌に感染していた証拠が検出されました。一方で、胃がんに罹患しなかった人でも90%が感染していることが明らかになりました(*1)。即ち、ピロリ菌に感染していても胃がんに罹患するのは一部であり、そのリスクを修飾する要因の一つとして、塩分・塩蔵食品摂取が挙げられます。
 塩分・塩蔵食品摂取と胃がんとの関連については、疫学研究や動物実験などによる科学的証拠が揃っています(*2)。塩分摂取量が多い地域ほど胃がん死亡率が高いことを示す地域相関研究や塩分摂取量、特に、塩蔵食品摂取量が多いグループほど胃がん罹患リスクが高いとことを示すコホート研究など、多くの疫学研究からのエビデンスがあります。また、N-methyl-N-Nitrosourea(MNU)を用いたスナネズミ腺胃発がん実験からは、ピロリ菌感染ネズミにおいて、塩分濃度に依存して発がん率が高まる一方、非感染ネズミではいずれの塩分濃度においても殆ど発がんが認められなかったという報告があります。さらに、塩蔵食品を多く摂取するグループほどピロリ菌感染率が高くなるという複数の疫学研究や動物実験も報告されています。高塩分は胃粘膜を保護する粘液の性状を変え、胃酸による細胞傷害により炎症を引き起こしたり、ピロリ菌の胃粘膜下層での持続感染につながったりするというメカニズムが想定されています。
 即ち、塩分・塩蔵食品摂取は、胃腔内を高塩分(高浸透圧)状態にすることにより、ピロリ菌の持続感染率を上げると共に、持続感染している細胞において、発がんリスクを上げるプロモーション作用をもたらすものと考えられます。一方で、感染していない場合は、塩分摂取は感染リスクを高める可能性はありますが、胃がんのリスクには、恐らくならないものと思われます。

参考文献:
(*1) Sasazuki S, et al. Effect of Helicobacter pylori infection combined with CagA and pepsinogen status on gastric cancer development among Japanese men and women: a nested case-control study. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 2006;15:1341-7.
(*2) Tsugane S. Salt, salted food intake, and risk of gastric cancer: Epidemiologic evidence. Cancer Sci 2005; 96: 1–6.

医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所所長
津金  昌一郎

出典 The Way Forward No.19, 2021年

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