日本人の2人に1人ががんになるといわれてますが、そもそも私たちは何故がんになるのでしょうか。タバコががんのリスクを高めるといわれますが、長生きする喫煙者もいますし、適度な運動をする健康的なひとに突然がんが見つかることもあります。私たちの身体は健康であっても、一度がん細胞ができてしまったらそれを排除できないのでしょうか。
人間の身体では細胞の分裂増殖が極めて厳密に制御されています。また、細胞が暴走して無秩序に増殖し始めたとしても、それを排除するしくみ、すなわちがんを生じさせないためのしくみをいくつも備えています。
ほとんどの場合がん患者が持つがん細胞はたった1つの細胞に由来しますが、この細胞ががん細胞になるためには、がんを生じさせないしくみに関わる2~10個の遺伝子に突然変異や発現異常が生じる必要があります。突然変異の頻度やDNA修復システムが壊れる時期によりますが、これには十数から数十年もの年月を要します。特にDNA修復システムは重要で、これが壊れると突然変異がより早く累積するようになります。このため、運悪くこれが早い段階で壊れると若くしてがんになる場合もあるし、逆に突然変異の発生リスクが高い喫煙者でも、このシステムが壊れなければがんにならない場合もあるのです。
がん細胞は身体内に生じた無秩序に増殖する暴走細胞ですが、見方によっては一種の寄生生物とみなすこともできます。がんのことを新生物ともいいますが、まさに身体内に新しく生まれた寄生生物と見立てることができるのです。つまりがんは、最初は1つの正常細胞だったものが、分裂増殖する過程で徐々に突然変異が累積することで変質し、最終的にがん細胞という異質な寄生生物になってしまったものなのです。
また、ヒトの身体には暴走細胞を排除するしくみの1つとして免疫系が備わっています。一方、がんは突然変異により進化して宿主からの攻撃を回避する能力を身につけます。免疫系の働きにより暴走細胞のほとんどが排除されても、たった1つの細胞がたまたま突然変異によって免疫系による攻撃をかわす能力を身につけて生き残ったら、それが次に増えてしまうのです。免疫系は、抗体やT細胞の種類を変化させることでがん細胞の進化による変質に対応しますが、その都度がん細胞は「早く増えて早く進化する」という戦略をとって、免疫系による攻撃をかわす能力を獲得し適応してしまうのです。
ヒトの免疫系は優秀で、ほとんどの場合は手に負えない真のがん細胞になってしまう前の暴走細胞の段階で排除されてしまいます。80年を越える長い生涯を通してがんになるのが1回程度しかないのはこのためです。しかし、免疫系による攻撃自体ががん細胞を選抜する一種の淘汰圧になるため、がん細胞は免疫を回避する能力を身につけるように進化します。このため、ステージが進んだがんでは、身体に備わる免疫系だけではがん細胞を排除するのが難しくなります。
札幌医科大学医療人育成センター生物学教室
鈴木健史
出典 The Way Forward No.20, 2021年