
老衰による死亡はなぜ日本にしかないのでしょうか?
言うまでもなく、がんは日本人の死因のトップです。では、老衰の死亡は何位でしょうか。2023年の死因統計によると次のようになります。
・老衰死者数:189,912人
・死亡率:156.7(人口10万人あたり)
・全死亡者中の%:12.1%
・死因ランキング:男性3位、女性2位
ところが、日本以外の国には、老衰による死亡者が一人も記載されていません。この事実を聞くと、日本人はみんな驚きます。
実は、WHOは老衰による死亡を死因として認めていないのです。WHOは、病気と事故(自殺も含みます)だけを死因として認めています。WHOは老衰を死因として使ってはいけない、使うべきではないとはっきりと書いています。ところが日本の厚労省は、老衰による死亡判断基準(下記)を発表し、老衰を認めています。
「死因として老衰は、高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死の場合に用いる。ただし、老衰から他の病態を併発して死亡した場合は、医学的因果関係に従って記入することになる」。
この診断基準には、下線で示した2カ所が、あいまいです。最初の下線、「他に記載すべき死亡原因がない」のは、他の病気をどこまで調べる
かで変わってきます。2番目の下線「医学的因果関係」は、考え方で変わってきます。
記憶のよい方は、エリザベス女王は「老衰」で亡くなったと日本の新聞に出ていたのを覚えているでしょう。公表されている女王の死亡診断書はには「Old age」と書いてありました。イギリスの新聞で確かめたところ、フィリップ殿下の死亡診断書に合わせたということです(殿下の死因を「Old age」としたことに疑問があると新聞には出ていますが)。
日本で老衰死が増えだした背景には介護保険があります。介護保険により、急性期病院ではなく、自宅、介護施設で亡くなる方が増え、死因の追求よりも平穏な死を迎えるようになったためだと思います。老衰死が一番多い茅ヶ崎市(神奈川県)並みになると2兆3000億円もの医療費が節減になると日本経済新聞は報告しています。老衰死は、患者にも、医療費にも優しい死に方と言えます。
115歳を超えて生きる人はめったにいません。このくらいがヒトの寿命と考えてよいでしょう。ここで大きな疑問が出てきます。寿命とは何かという問題です。老衰は、寿命に達したための死亡でしょう。では、何が寿命の引き金を引くのでしょうか。この問題を医学的に解き明かすためには、新しい概念が必要と考えて、私は「寿命死」という考えを提案しました。このことを国際的に影響力のあるジャーナルに投稿しましたが、編集者が興味を示した様子は見られるのですが、すべて不採択です。私の寿命が尽きる前に、寿命死の概念を世界で認めてほしいと思い、論文を書き直しています。ちなみに、私は、小林博先生よりも若いのですが、老衰には十分な89歳です。(詳しくは『死ぬということ』(中公新書)をご覧下さい)。
日本学術振興会
黒木 登志夫
The Way Forward No.27, 2025