毎年4月の入学式では、「新入生の皆さん、人生の一番大きな仕事は自分の道を作ることです」と言って、学科長の挨拶をしています。多様性の求められる時代に、自分の将来の生き方を見つけることが、大学生にとって一番大きな仕事と言えるでしょう。1980年代の日本経済黄金期には、ジャパンアズナンバーワンとして日本は世界から高く評価されていました。当時は多くの人が、成功する人生の見本のような道を描いていたのではないでしょうか。ところがその後、バブル崩壊、テロの時代を経て、令和に入ってはCOVID-19との闘いという、全く先が見えない時代を迎えています。自分の道を作るどころか、数か月先の社会ですら容易にイメージできない現実があります。
「道」は、多くの人が好む言葉と言えます。古くは老荘思想を中心とした「道家」の人達によって受け継がれてきました。私は子供のころから将棋が好きで、昔は孫氏の兵法を何度も読んで感動していました。その後、恩師に勧められて「孔子」の儒学を読みました。世の中の多くの経営者が推奨するだけあって、深い意味の言葉がたくさんあります。その後、読んだ「道家」の思想では、前の2つとは全く違った響きがありました。荘子は決して儒学を否定しているわけではありません。多難な現代社会において老荘思想は改めて見直されるべきではないでしょうか。社会では、「生き馬の目を抜く」あるいは「晴天の霹靂」とも呼べる出来事が少なくないはずです。そうしたことに直面した時、老子が唱える「上善水の如し」の意味がよくわかります。
現代の医療によって、がんの2/3は治る時代を迎えています。しかし、難治がんの場合は、診断された時点で自分の余命が見えてしまいます。これまでの人生の道を、左右にシフトするという選択肢に迫られます。私の大学生時代からの親友は49歳で膵臓がんが見つかり、1年半の闘病の末、命を落としました。医師として人生の絶頂期にあった彼の道には、突然断崖絶壁が待っていたのです。彼の強烈な闘病生活は、今も私の目に焼きついています。絶命する直前まで患者を診療し、入院加療したのはわずか3週間でした。この時から私は膵臓がんの研究にそれまで以上に力を入れ、今日に至っています。恐らく膵臓がんを克服するには、早期発見だけではなく、がんの原因となる前がん病態をしっかり把握し、予防的な治療介入をする必要があるのではないかと考えています。
世の中には、がんを克服して新しい自分の道を作ることができた人が、たくさんいることでしょう。人生100年時代を迎えて、病気を経験しないで生涯を終える人は少ないと思います。ただ長く生きることだけが人生の成功ではなく、いかに目標をもって自分の道を築けるか、喜怒哀楽をたくさん感じることができるかによって、人生の価値が決まりそうな気がします。結果論で批評することには、ほとんど意味がありません。withコロナの時代を迎えて、あらゆる困難や障害も流れる水のように受け止め、変幻自在に生きることが重要と思います。
大阪大学大学院医学系研究科分子生化学研究室教授
/保健学科長
三善 英知
出典 The Way Forward No.19, 2021年