遺伝性のがんといわれるものがあるようです。その代表的なものにはどういうものがあるのでしょうか? 人間にもっとも多い胃がんとか肺がんも遺伝の関与はあると考えるべきなのですか? がんが遺伝性かどうかということはどのようにして決められるのですか?
私たちはひとりひとり顔つきも体質も違っています。同じように育てられても背が高い子もいれば低い子もいますし、同じような生活習慣を送っても血圧や血糖が上がる人もいれば正常のままの人もいます。こうした個人差にはさまざまな遺伝子が関与しています。ただし、まだその全貌はわかっていません。私たちの体を作っている細胞は、必要な時に分裂して増えたり、不要になったら消滅したりしますが、細胞の中でこうした増殖や分裂、消滅などをコントロールしている遺伝子が何らかの理由で変化を起こし、正常な機能を発揮できなくなると、それが細胞をがん化に導く原因になります。これらの遺伝子の機能にも個人差があり、そのためにがんになりやすい人、なりにくい人がいます。
こうした個人差の結果として、特定のがんが家族の中で多発したり、若い年齢でがんを発症したりすることがあり、こうしたがんを「遺伝性腫瘍」とよんでいます。遺伝性腫瘍かどうかは遺伝子検査で調べることができます(大部分は保険未収載です)。遺伝性腫瘍の中でもっとも頻度が高いのは「遺伝性乳がん卵巣がん」と「リンチ症候群」です。前者では文字通り乳がんや卵巣がん、男性では前立腺がんのリスクが高くなります。後者は大腸がん、胃がんなどの消化器がんと子宮体がん、卵巣がんなど婦人科がんのリスクが高くなります。がん全体のうち遺伝性腫瘍が占める割合は5~10%程度と考えられていますので、決して珍しいものでも特別なものでもありません。特に少子化、小家族化が進むと家族内にがんの人が誰もいないので遺伝性とは気づかれない場合が増えています。最近の論文によればがんに罹患していない日本人女性の0.6%が、乳がんを起こしやすくなるような遺伝的体質を持っていました。遺伝的体質を持っていても必ずがんができるわけではありません。あくまでもがんが「できやすくなる」と理解していただくのがよいと思います。
がんの種類によって遺伝性腫瘍の比率は異なります。乳がんでは5%程度ですが、卵巣がんでは20~25%が遺伝性です。一方で肺がんでは遺伝性のがんはあまり知られていません。
札幌医科大学医学部遺伝医学教授 櫻井晃洋
出典 The Way Forward No.16, 2019年