がんは治療しなければなりませんが、高齢者、といっても個人差がありますし年齢差もありますが、無理な化学療法などしないでいた方がかえって長生きするという考えの専門家もおられます。このような考えはどの程度正しいと理解したらよろしいでしょうか。ご説明をいただければ幸いです。
高齢者のがん治療については、「高齢者がん診療ガイドライン 2022年版」に詳しく記載されています。その記載内容からご質問内容に該当する箇所を抜粋、一部改変して回答に代えさせていただきます。高齢者がん患者の特徴として、余命が短い、複数の併存疾患を有している、多剤服用、生理学的機能低下(老化現象)、低栄養状態、認知機能制限、社会経済的制限などの問題が挙げられ、何よりもこれらの個人差が極めて大きいといった特徴があります。暦年齢のみで高齢がん患者を一律に捉えるべきでないと国内外のガイドラインで指摘されていますが、具体的な治療前評価や推奨される治療強度に関する指針が確立しておらず、多くの施設で最終的には担当医の主観的な評価により治療方針が決定される現状が伺われます。高齢者個々の状態を適切かつ迅速に評価して、許容される最低限の治療侵襲(身体的・精神的・社会的に)で最大限の効果(生存期間の延長、健康寿命の延長、生活の質の向上など)をあげることが求められています。
一般的にがんに対する治療は侵襲性が高いものが多いため、がん治療により期待される効果(益のアウトカム)と予想される不利益(害のアウトカム)を考慮する必要があります。がん治療により期待される効果(益のアウトカム)は、“治癒”もしくは“生存期間の延長”であり年齢によって変化するものではありません。ただし、齢を重ねることにより平均寿命から考える余命は若年者より短い傾向にあります。一方で、がん治療により予想される不利益(害のアウトカム)として、治療による侵襲性に応じて“有害事象”や“後遺症”が生じる可能性が高いため、生理学的機能低下や複数の併存疾患を有する頻度が高い高齢者に対して与える影響が強いです。これらの理由により、高齢がん患者と若年者とはがん治療によって求めるアウトカムの重みづけ(価値観)に違いが生じます。そのため、生存期間の延長や有害事象などの客観的なアウトカムだけでなく、主観的なアウトカム(QOL改善)の評価も求められ、個々の症例に応じた治療内容の検討が必要となります。
参考文献:
「高齢者がん診療ガイドライン 2022年版」(厚生労働省「高齢者がん診療ガイドライン策定とその普及のための研究」班)(https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202208031B-sonota6_0.pdf)
北海道大学名誉教授
秋田 弘俊
The Way Forward No.25, 2024