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がんを正しく知る

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マイクロRNAとはどういうものですか?

 高校の生物学で、体の設計図はDNAとして書き込まれていて、その情報をRNAに写し換え、さらにRNAの情報を基にタンパク質がつくられる、そしてこのタンパク質が体の中で様々な働きを担っていると習いました。がんの話でよく出てくるがん遺伝子やがん抑制遺伝子も結局のところ、それぞれの遺伝子産物であるタンパク質が発がんや悪性化あるいはそれらの抑制に働いていると理解しています。ところが、最近、タンパク質ではなくマイクロRNA(miRNA)と呼ばれるRNAの仲間があたかもがん遺伝子やがん抑制遺伝子のように振る舞うという話を聞きました。

 このmiRNAとはどのような物質なのでしょうか、またどのようにしてがんの発生や抑制に関わっているのでしょうか?  

    最近は、テレビ、新聞そしてインターネットでもマイクロRNA(miRNA)というワードを目にするようになりましたね。高校などの生物学の授業で習ったのは、「細胞の核内でDNAによって保存されている遺伝情報は、RNA(詳しくはメッセンジャーRNA: mRNA)に写し換えられ、このmRNAの情報を基に細胞質でタンパク質が合成される」ということでした。合成されたタンパク質が、状況に応じてバランスよく作られることで細胞そしてその集合体である組織・臓器が正しく機能することができます。この「バランスよく作る」という調整役を担っている因子の一つがマイクロRNAです。マイクロRNAはmRNAと同じRNAの仲間ですが、mRNAと比べてとっても小さくそしてタンパク質を合成する情報を持っていません。現在までにヒトには約2700種類のマイクロRNAが見つかっています。では、この小さなマイクロRNAが、どのようにしてタンパク質合成を調節しているのでしょうか?
 マイクロRNAはmRNAに結合することができ、1つのマイクロRNAが結合できるmRNAが複数(およそ100種類以上)あることが知られています。マイクロRNAがその標的となる複数のmRNAに結合すると、それぞれのmRNAからタンパク質への合成が抑制されます。しかも、タンパク質合成を完全にOFFにするのではなく、あるタンパク質は20% OFF、別のタンパク質は50% OFFといった抑制をします。例えるなら、マイクロRNAは細胞内における「オーケストラの指揮者」。様々な楽器の音をハーモナイズさせ、素敵な音色になるよう音量(=タンパク質の合成量)を調節しています。もし、この指揮者(=マイクロRNA)の振る舞いがおかしくなってしまうとどうなるでしょうか?   

 図のように、がん抑制遺伝子のmRNAに結合することができるマイクロRNAが必要以上に増えてしまうと、結果としてがん抑制機能を持つタンパク質は減ってしまいます。逆に、がん遺伝子のmRNAに結合するマイクロRNAが減ることで、それまでタンパク質合成が抑制されていたがん遺伝子産物(=細胞増殖を促進するタンパク質)が増えてしまいます。このように、タンパク質合成の調整役であるマイクロRNAの異常な振る舞いによって、細胞増殖などに関係するタンパク質量がアンバランスとなり、その結果がんの発生に関わっていることが明らかになっています。
 ということは、異常なマイクロRNAの発現や機能を調整することで「がん治療」が可能になるのでは?と考えられますね。増えすぎたマイクロRNAに結合するアンチマイクロRNAや減ってしまったマイクロRNAそのものを人工的に合成し、がん細胞への投与によって異常な振る舞いを正常な振る舞いに近づけることで抗がん作用を発揮させる。実際、こういった人工合成したRNA分子によるがん治療効果は既に動物実験では成果を挙げています。現在、RNAなどの核酸を医薬品として用いる「核酸医薬」と呼ばれる次世代の医薬品開発が、臨床応用に向け世界中で展開されています。

 

鳥取大学医学部   実験病理学教室 准教授

尾﨑 充彦

出典 The Way Forward No.19, 2021年

 

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