医療事故はどこの国においても避け得ない大変難しい問題として受け止められています。日本でも医療関係者の献身的な努力にもかかわらず、時には新聞沙汰になるような医療事故が起きています。どのような医療事故が起きてきたのか、その総まとめ役として先生のお立場は日本医療安全調査機構常務理事として、すでに5年間ご活躍されていたとお伺いし大変ご苦労様に存じ心から感謝申し上げます。医療事故のなかでがんに関する医療事故にどういうものが多いのでしょうか? お教えいただければ幸いに存じます。
2017年10月に「医療事故調査制度」が開始されてから2021年3月で5年6ヶ月が経過、医療機関自らが「事故」と判断し、医療事故調査・支援センターへ届けた事例は2,000例を超えています。この中で、「がん」に係わる「事故」にはどんなものがあるかということですが、「がん」による死亡が、制度で示す<提供した医療に起因する、予期しない死亡>になることは通常ありません。がん等は基本的に<提供した医療に起因する>には該当せず、<原病の進行>による死亡となります。
しかしながら、これらの死因を掘り下げて「直接的な死因」と「原死因(死亡に至る原因となる病態)」と考えると、「がん」が関係した事例は多数報告されています。「直接死因」が肺炎、多臓器不全、肝不全、腸閉塞、敗血症、出血傾向等々でありそのことを予期しておらず、がんがその「原死因」である場合です。がんの末期で起こる様々な病態、急変、想定外の増悪等は、医療者側で考える一般論として良く了解されており、思ってもいない事態が起きても理解できますが、患者・家族は、急変等の可能性について、具体的説明を受け納得していなければ理解できない(予期していない死亡)として大きなショックと共に疑惑を持つことに繋がります。がんで死亡することを了解した多くの家族の持つイメージは、夕日が静かに沈むような大往生です。現実には、体力・抵抗力の低下、脱水、貧血、出血傾向等々によって様々なことが起き、急変されることの可能性を当事者である医師が自覚・想定し、対策を立て、充分説明されてない事例があるということです。
もう一つは、CT、MRI等によるがんの見落としで、報道等でも話題になっています。短時間で全身の詳細な画像情報が得られるCT、MRI等の発達は、その情報を利用する担当医の注意、診療科チーム体制、及び電子カルテシステムでは完全に対応できているとはいえないのが現状です。対象臓器だけでなく、たまたま見つかる「Incidental findings」まで含めると、熱心に対応されている大学病院等でも、見落とし「0」は困難だと聞いています。1人の担当医師の役割ではなく、医療を提供するシステムとして、今後も対策を検討・開発する必要があります。
一般社団法人日本医療安全調査機構常務理事
木村 壯介
出典 The Way Forward No.19, 2021年