ヒト由来の培養がん細胞株は、子宮がんのHeLa細胞に始まり現在では様々ながん種から数多くの細胞株が樹立され、がん研究に用いられてきています。最近、患者さんのがん組織から樹立された「オルガノイド」と呼ばれる培養システムが開発され、がん研究に貢献していると聞きました。この「オルガノイド」は、従来の培養株とはどう違うのでしょうか。また、がん研究やがんの患者さんにどのように役立っているのでしょうか。
HeLa細胞のような株化がん細胞は、通常はシャーレの中で培養して、細胞は2次元的に増殖します。しかし、生体内のがん組織では、がん細胞は腺管構造を形成したり、時に少数の細胞塊となって増殖するなど、多様で複雑な3次元構造が観察されます。さらに、がん細胞の周囲では、間質細胞が分泌するコラーゲンやフィブロネクチンなどのタンパク質が細胞外基質を構成して、がん細胞の増殖を支持しています。オルガノイド培養とは、このような生体内の細胞外基質を再現したマトリゲルやコラーゲンゲルの中で、がん細胞が腺管構造を形成しながら3次元的に増殖する培養方法で、より生体内がん組織に近い環境で増殖することが大きな特徴です。たとえば、HeLa細胞などのがん細胞は、シャーレの中での継代培養に適応できたがん細胞が選択されて株化されているのに対して、オルガノイド培養では、生体内のがん組織が持つ遺伝的多様性や性質的な多様性がそのまま維持されていると考えられます。さらに、オルガノイドを免疫不全マウスに移植すると、腺管構造の構築や間質反応の誘導など、元々のがん組織と類似したがんを形成するのも、オルガノイド培養細胞の特徴です。このように、オルガノイドは生体内のがん組織が持つ複雑かつ多様性のある特徴を忠実に再現していると考えられるので、発がん機構の解明を目指した基礎研究や、新規治療薬評価などの応用研究にとても重要なツールとして使われるようになって来ました。また、臨床面での研究も進んでおり、患者のがん組織から樹立したオルガノイドを使って抗がん剤の感受性試験を行うことで、最適な治療薬の選択につなげるなど、個別化医療への取り組みも期待されています。一方で株化細胞は、オルガノイドに比べて容易に継代培養できる利便性があるので、研究の目的に応じて使い分けられています。
金沢大学がん進展制御研究所腫瘍遺伝学研究分野教授
大島正伸
出典 The Way Forward No.20, 2021年