「分子標的療法」とか「ゲノム医療」は最新のがん治療でありますが、それが必ずしも広くがん患者に適用されるまでになっておりません。最新の治療法に代わって、昔のものでもいいものを掘り返してみようというお考えもあってよいかと思います。
たとえば消化器がんの治療に「代謝拮抗剤」のようなものに対する再評価があってよいのではないかと思いますが如何なものでしょうか? 古いものへの再評価の動きは外国にもあるのでしょうか?
がんに対する薬物療法は21世紀に入り大きく進歩しました。その中心的な役割を担っているのが分子標的治療薬であり、それらの薬剤をより効率的に投与するためのゲノム医療が注目されています。分子標的治療薬は、がん細胞が増殖する仕組みをピンポイントで攻撃することで、より効果的で副作用の軽微な新世代の抗がん剤として期待されました。その一方で、従来の活発に増殖する細胞を一様に攻撃する殺細胞性抗がん剤はともすれば時代遅れとみなされがちです。確かに、殺細胞性抗がん剤は、がん細胞ばかりでなく活発に増殖する正常細胞にも働き、血球減少や粘膜炎、脱毛など様々な副作用を起こします。しかしながら、がん細胞の増殖する仕組みは比較的単純なものから複雑なものまで、多種多様です。前者のようながんに対しては分子標的治療薬が極めて有効ですが、後者ではその仕組みの一部にしか働かないため効果は限定的です。従って、代謝拮抗剤をはじめとする殺細胞性抗がん剤の重要性は現在も変わることなく、分子標的治療薬と共に用いられています。1950年代に開発された5-FUという代謝拮抗剤は現在もなお消化器がんに対する中心的な抗がん剤であり、世界中で用いられています。また、新規薬剤の開発も進み、2014年に我が国で臨床開発された代謝拮抗剤TAS-102は現在、大腸がんや胃がんに対する治療薬として世界各国で承認されています。
がんをより効果的に治療するためには、多種多様ながんの個々の特性をとらえるばかりでなく、それぞれの持つ薬剤の特性を熟知して最適な組み合わせで投与することが肝要です。人はとかく新しいものに飛び付きがちですが、国内外を問わず殺細胞性抗がん剤の役割は決して薄れることはないと考えます。
国家公務員共済組合連合会斗南病院腫瘍内科診療部長 辻 靖
出典 The Way Forward No.17, 2020年