とにかく運動です。そんなことをいうと、奇異に思われるかも知れません。でも本当なのです。「運動はがんになりにくい体をつくる」と、いい換えてもよいでしょう。
驚くことに身体運動はがんを予防するだけではありません。心筋梗塞のほか脳梗塞など脳血管障害の予防にも有効ですし、さらにはロコモといわれる四肢など運動器の障害の予防にも効くのです。
また鬱、認知症など神経精神系疾患を防ぐ効果があることもわかってきました。病気の話はさておき、なにより運動のあとの気分は爽快になりますね。運動の効果は絶大。「運動は全身的に健康長寿のもと」といえます。ですから身体運動をみなさんに是非お勧めしたいのです。
いうまでもなく、がんはわが国の死亡原因の第1位。もっとも身近な病気になりました。運動はそのがんを予防する働きがあります。どんながんを予防するのでしょうか。がんを予防するとすれば、それはどのような仕組みで働くのでしょうか。
がんのなかでも特に大腸がんに対する予防効果がはっきりしています。
運動習慣のある人はその習慣のない人に比べ少なくとも大腸がんになりにくいことは疫学的に実証されています。恐らく大腸粘膜のプロスタグランヂンE-2という免疫抑制(免疫を抑え込む)物質として知られているものの生産が運動によって抑えられるからでありましょう。免疫という体によい働きを阻害する悪い物質が出来ないようにするのです。そのほか身体運動が腸の蠕動(ぜんどう)を刺激し排便効果を高める、という単純な説明でも大腸がん予防効果の一端を説明できるかも知れません。
大腸がんにはその前がん病変として、遺伝性の家族性大腸腺腫症というのがあります。これの発症も運動によって抑えられるとの報告もあります。
運動による予防の働きは大腸がん以外にも乳がん、肺がん、膵がんなどでも主に疫学的に証明されています。たとえば乳がんのリスクが運動によって抑えられることは「多目的コホート研究」という疫学的解析によって明らかにされています。それは恐らく身体運動が女性ホルモンのエストロジェンの代謝経路に影響を与え、平たくいえば「悪い」エストロジェン代謝産物に対し「良い」エストロジェン代謝産物の割合が上昇するためであろうと考えられています。
身体運動は血液中のインスリンを低下させる効果があります。インスリンはもともと血糖の量をほどよくコントロールする物質ですが、同時に細胞の分裂を促進する作用があります。ですからインスリンが過剰になると、細胞の増殖を促すことでがん化を促進することになるのです。しかし、運動がこのインスリンの産出を低下させ、それによって細胞のがん化を抑えることが出来るということになります。
運動は前立腺がんの予防にもなるといわれています。この種のがんの発生、成長を促すとされるテストステロンの産生を抑えるとか、2-ハイドロキステロンが抑えられるからと考えられます。
遺伝子の1つP53はがん抑制遺伝子といわれるものの代表的なもので、発がんを抑える働きをする遺伝子として知られています。この遺伝子が運動によって活性化され、その働きが活発になるとの報告もあります。
小林 博