肝臓がんが肝細胞(肝芽細胞)から出てくることはいうまでもありません。ところが肝臓がんにはしばしば胆管がんの組織像のものも見られます。西川先生はこの胆管がん細胞は「肝細胞から出来たものもある」ということを実証されました。肝臓がんのなかの胆管がん(正確には胆管上皮細胞がん)の起源は肝細胞由来のものと、胆管上皮細胞由来のものの両方のものがあるとしますと、現実的にはそのどちらのケースが多いのですか? 肝細胞由来が胆管上皮細胞由来かで両者の生物学的な違いはありますか? むかし急性前骨髄性白血病APLの治療に活性型ビタミンAであるオールトランス型レチノイン酸を投与することで白血病細胞を正常細胞に分化させる、いわゆる「分化療法」が行われたことがあります。このような分化療法が肝がんでも期待できる可能性はあるでしょうか?
原発性肝がんの代表は肝細胞に類似した腫瘍細胞が増える肝細胞がんですが、胆管様の管状構造を作る肝内胆管がんもしばしば認められます。肝内胆管がんは原発性肝がんの5%程度の頻度ですが、現在増加傾向にあるとされています。この腫瘍は、肝臓に胆管や血管が出入りする肝門部近くに発生する肝門型胆管がんと肝門部から離れた部位に発生する末梢型胆管がんに大きく分けることができます。両者の正確な割合は不明ですが、ほぼ同程度にみられるようです。肝門型胆管がんは、総胆管などの肝臓外にある胆管(肝外胆管)のがんと同様に、胆管上皮細胞の前がん病変から進展するがんと考えられています。末梢型胆管がんでは前がん病変は見つかっていませんが、形態の類似性から肝臓の中の胆管(肝内胆管)から発生すると想定されてきました。しかし、網羅的な遺伝子解析やマウスを使った実験結果から、肝細胞は肝細胞がんだけでなく、胆管細胞がんを生み出す能力を持っていることがわかってきました。肝臓の正常発生では、肝内胆管は若い肝細胞(肝芽細胞)から作られますので、肝細胞由来の胆管細胞がんが存在すること自体は不思議ではありません。ただ、個々の末梢型肝内胆管がん症例において、胆管上皮細胞に由来するか、肝細胞に由来するかを判定する手段がないため、現時点ではどちらの起源が優勢なのかは定かでありません。胆管上皮細胞由来である肝門型胆管がんは周りの組織に浸潤する性質が強く、境界明瞭な腫瘍を形成する末梢型胆管がんとは異なる生物学的特徴を持ち、5年生存率も低いことが知られています。
肝がん(肝細胞がん)では胎児肝または新生児肝に特徴的な遺伝子発現や蛋白発現がみられます。これは、肝がんではさまざまな程度の肝芽細胞方向への先祖返り(脱分化)が起こっていることを示しています。肝がん遺伝子解析や動物実験から、がん遺伝子Mycの働きがこの脱分化に特に重要であることが明らかになっています。私たちは、マウス肝がんモデルにおいて、Mycの働きを抑える蛋白質を発現させることで腫瘍を小さくできることを証明しました。また、薬物、マイクロRNA、エピゲノム調節などによる肝細胞方向への分化誘導が肝がんを抑制するとの実験データが報告されています。分化治療はまだヒト肝がんの治療に応用されていませんが、今後の発展が十分に期待できると思います。
旭川医科大学病理学講座腫瘍病理分野 西川祐司
出典 The Way Forward No.17, 2020年